劇場版名探偵コナン『銀翼の奇術師』 ジャンボ機の室蘭崎守埠頭への緊急着陸は可能なのか検証してみた


コナン映画『銀翼の奇術師』のクライマックスで、毛利蘭がジャンボジェットを手動で室蘭崎守埠頭に緊急着陸させるシーンがあります。

今回は、埠頭の長さだけに着目して、ジャンボジェットを着陸させることが可能なのかを検証しました。毛利蘭の操縦スキルとか「左右非対称のエンジンで逆噴射したら真っ直ぐ進まんやろ!」など細かいことは無視します、はい。

 

 

作中の緊急着陸に関する概要(ネタバレ注意)

羽田から函館へ向かっていた18:15発のスカイジャパン865便(B747-400)。

機内で殺人事件が起き、その際に使用された毒物が、偶然、微量ながらも機長と副操縦士の体内に入ってしまい、操縦ができなくなってしまう。

キッド扮する新庄とコナンがオートパイロットを使って函館空港への着陸を試みるが、フラップを展開し、ギアを降ろした所で落雷に遭遇してしまう。

一度落ちてしまった電源は復旧するが、落雷のダメージでオートパイロットが使えなくなってしまう。

着陸を中止し再び上昇しようとするも、横風に流されて上手く上昇できない。

そのまま、管制塔に第2エンジン(進行方向左から2番目のエンジン)をぶつけて脱落させてしまう。

脱落したエンジンから火災が燃え広がり、滑走路がすぐには使えなくなる。

コナンと新庄は、滑走路が復旧するまで、上空待機しようとするが、残りの燃料を確認すると、わずか(約3600lb)しか無いことが発覚する。

普通、それぞれのエンジンには別々のタンクから燃料が供給されるので、第2エンジンが脱落しても第2エンジン用の燃料しか流出しないはずだが、なぜかクロス・フィード・バルブ(4つのタンクを一つながりにするバルブ)が開いており、第2エンジン用のタンクから他のタンクに入っていた燃料も流出してしまっていた。機長と副操縦士を担ぎ出した時に、誤ってクロス・フィード・バルブのスイッチに触れてしまったためだ。

なんだかんだしている内に、残りの燃料は3000lb。1分300lbの燃料消費だとすると、飛んでいられるのは10分間となる。10分間では最寄りの新千歳空港にはギリギリ届かない。

固い地面で2000m以上の直線があり、飛行機のスパンが収まる幅を持つ場所を探し、室蘭の崎守埠頭が見つかる。ここは、全長1400m程で、幅もB747のスパン以下の30m程度だが、海に片翼を出せば幅はなんとか足り、少ない乗客数、強い西風が吹くという予報から、1400m以内で着陸できるだろうと判断した。

しかし、新庄(キッド)は、管制塔をかすめた時、左腕を痛めたのでここで機長席を蘭に代わる。崎守埠頭が近づくと、自らは真っ暗な崎守埠頭にパトカーを誘導し滑走路灯とするため、機外に出て行く。

新一の声のアシストもあり、自身を取り戻した蘭は、パトカーによる滑走路灯を頼りに着陸態勢に入る。

140knotの速度を保ったまま、降下率3°を保ち進入(Approach)。

高度50ftを切ってしばらくしたところでフレア(Flare)をかけ、スラストをゼロに。埠頭の端ギリギリでパトカーを踏みつぶしながら、後輪を接地。機首を下げて、前輪を接地。すぐさま、エアブレーキ、タイヤのブレーキ、逆噴射装置を駆動して(園子の手が邪魔で逆噴射装置駆動が数秒遅れたのはかなり致命的だった)、機体を止めにかかる。減速してきたところで、目の前にクレーンが現れ、正面からぶつかりそうになるが、ラダーペダルを踏み、なんとか右側へ回避。左翼をクレーンにぶつけながら、なんとか機体を静止させることに成功する。

 

 

着陸の各区間について

飛行機の着陸には4つの区間があり、「着陸距離」と呼ばれるものは以下の4つの区間の距離の合計で算出されます。

アプローチ区間

進入区間です。50ftの高度から、一般的に降下率3°を保ったまま、一定速度で降下していき、フレアに入るまでの区間です。

フレア区間

機首を引き上げ、機体の進行方向を下向き3°から水平へと移行させます。

この時、機体の経路は短い弧を描くことになります。

機首の引き上げから接地までがこの区間です。

滑走区間

接地してから、ブレーキを駆動するまでの区間です。しっかりと接地したことを確認してからブレーキをかけるので、この区間は2秒間とされています。

ブレーキが働かないため(抵抗は無視して)接地速度×滑走時間(2秒)で距離を出します。

ブレーキ区間

エアブレーキ、タイヤのブレーキ、場合によっては逆噴射装置も駆動してブレーキをかける区間です。

エアブレーキによる抵抗は速度の2乗に比例し、タイヤのブレーキによる抵抗と逆噴射装置の推力は一定とします。

計算する上での仮定

崎守埠頭の長さが1400mであるのは確かなのですが、映画のシーンでは、クレーンにぶつかって静止しました。実はこのクレーンは、図のように、埠頭の東端から500mの地点にあるものなので、飛行機は500mという短い距離で止まったことになります。問題はクレーンにぶつかる時の機体の速度ですが、ラダーがそこそこ効いたこと、クレーンが倒壊するレベルの速度だったことを考えると、秒速10m~秒速20m(時速36km~時速72km)だと予想します。この数値に関しては全く根拠はないですが、これを用いることにします。

とりあえず、埠頭の端、割とギリギリに接地したとして、そこから500m弱で秒速10m~秒速20mまで減速できるかどうかということを検証したいと思います。

機体の状態

航空実用辞典の諸元を参考にしています。

着陸重量

まず、乗客の人数を把握しましょう。

この便は割と空席が多い便です。1階席に全員を移しても、1階席は9割程度しか埋まっていませんでした。JALのB747の国内線における標準座席数は568人だったようなので、ここから2階席の人数(60人とする)を引いて0.9を掛けると、457人。この人数を用いることにします。

B747-400の運用空虚重量(operational empty weight)は164.3tです。

日本人が大半ということもあり、一人当たりの重量は通常の推算時(79kg)より少なめに見積もって70kgとします。手荷物は短距離線なので一律14kgとし、それ以外の貨物は無しとします。

よって、ペイロードは(70+14)×457=38,388kg=38.388t。

燃料は底をついているので0kgとします(逆噴射の燃料は無視)。

ゆえに、着陸重量は202.7tと推測されます。

 

接地速度

接地速度は一般に着陸時の失速速度の1.15倍とされています。

着陸時の失速速度は以下の式で得られます。

$$V_s=\sqrt{\frac{W}{\frac{1}{2}ρSC_{L_{max}}}}$$

\(W\)は機体重量で\(W=202.7\times10^{3}\times9.81=1988000[N]\)

\(ρ\)は空気密度で海面上の値を使い、\(ρ=1.225[kg/m^{3}]\)

\(S\)は主翼面積で\(S=541[m^2]\)

\(C_{L_{max}}\)は着陸時の揚力係数です。着陸時は全行程の中で最も高い揚力係数を出し、\(C_{L_{max}}=2.5\)程度です。

これを代入すると、失速速度は\(V_s=49.0m/s\)です。

したがって、接地速度は1.15を掛けて\(V_{TD}=56.4m/s\)です。

 

逆噴射装置の推力

逆噴射装置によって得られる推力は、マックスで最大推力の半分くらいなので、ここでは最大推力の40%とします。

B747-400のエンジンとして多くの航空会社が採用しているGE製のCF6-80C2B5F型の諸元では、海面高度での最大推力は52,500〜63,500[lbf](233,520〜282,448[N])となっています。最大推力をとりあえず、250,000Nとして、その40%の100,000Nの推力を生み出せるとします。

したがって、残っている3発のエンジンで300,000Nの逆噴射を行えることになります。

 

外部要因

地面との摩擦係数

この摩擦係数はタイヤブレーキの効果も含めた摩擦係数です。乾いた滑走路においては\(μ=0.5\)が使われ、湿った滑走路においては\(μ=0.3\)が使われます。今回は雨天ということで\(μ=0.3\)を用います。

空気密度

先ほども用いましたが、海面上の空気密度\(1.225[kg/m^3]\)とします。

向かい風

「強い西風」がどれくらいなのか分かりませんが、平均して\(V_w=5m/s\)ということにしておきましょう。

向かい風による着陸の場合、地面に対する速度はさらに小さく抑えることはできますが、ここでは56.4m/sを使うことにします。

ただし、着陸してからの空気抵抗には向かい風の影響を含めます。

 

接地位置

埠頭のそこそこ端にいたパトカーを踏みつぶして接地しているので、埠頭の端から10mの位置に接地したとします。

滑走区間の距離

滑走時間は一般的には2秒とされていますが、園子のせいで逆噴射装置の駆動がかなり遅れているように見えるので、エアブレーキとタイヤのブレーキと逆噴射装置の駆動全てが3秒後に開始したと仮定して計算します。あくまでも簡単のためです。

そうすると滑走区間の距離は単純に\(s_{FR}=56.4m/s×3秒=169.2m\)となります。

ブレーキ区間の距離

エアブレーキの力は大気速度の2乗に比例し、タイヤのブレーキと逆噴射の力は一定だと仮定します。

向かい風がある状態におけるブレーキ区間の距離(\(V_{TD}\)から\(V_f\)まで減速する場合)は以下で算出されます。導出はここでは省略します。

$$\scriptsize{s_B=\frac{1}{2gK_A}\ln{\left[\frac{K_T+K_A(V_{TD}+V_w)^2}{K_T+K_A(V_{f}+V_w)^2}\right]}\\-\frac{V_w}{g\sqrt{K_AK_T}}\left[\tan^{-1}{\frac{\sqrt{K_AK_T}(V_{TD}-V_f)}{-K_T-K_A(V_{TD}+V_w)(V_f+V_w)}}\right]}$$

$$\scriptsize{\left(K_A=-ρa\frac{2W}{S},  K_T=\frac{T}{W}-μ\right)}$$

着陸時には有害抵抗係数\(a\)は、\(a=0.055\)とします。

\(ρ=1.225, W=1988000, S=541,\\T=-300000, μ=0.3\)

を代入して、

\(K_A=9.2\times10^{-6}, K_T=-0.45\)

これと、

\(V_w=10[m/s], V_{TD}=56.4[m/s], \\V_f=10[m/s],g=9.81\)

を代入して、

$$s_B=386-51=335[m]$$

となります。

つまり、端から10mの位置に接地して、169.2m滑走して、そこから335mで10m/sまで減速できるということになります。

10m/sまで減速するのは埠頭の端から514mとなるので、そこそこ妥当な計算結果となりました。(ある程度調整した感は否めませんが。)

実際この計算に基づいて、埠頭の端からの距離を横軸に、速度を縦軸に取った場合以下のグラフのようになります。500mで10~20m/sになっているのが分かります。

 

 

まとめ

最初の1400mは何だったんだということですが、そもそも500m地点にクレーンがあった時点で計画は破綻しています。

それでも死者を出さなかったのは全ては蘭姉ちゃんの操縦スキルのおかげです。そもそも着陸距離というのはアプローチ区間とフレア区間も含めるもので、滑走路ギリギリに接地するなんていう危険な着陸はしません。余裕を持った着陸をした場合に1400mくらい必要だろうと見ていたのですが、蘭姉ちゃんの攻めの着陸のおかげで500mで済んでしまったという訳ですね。

埠頭に着陸するという状況で、キッチリ中心線を合わせて、埠頭の端ギリギリで接地して、逆噴射によるヨーイングモーメントも綺麗に操舵で相殺するなんて普通のパイロットじゃできないですよ。

 

(どうでもいいことですが、この距離で着陸できるのなら、埠頭などに着陸しようとせず、函館空港から約70kmの距離にあり、長さ1800m幅45mの滑走路を持つ航空自衛隊八雲分屯基地に着陸するのが良かったとは思います。)

 

 


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